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東京地方裁判所 平成7年(ワ)6130号 判決 1996年3月26日

原告

清松志乃扶

被告

小林伸次

主文

一  被告は原告に対し、一〇六九万九六九四円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、二四六〇万九七七四円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、交通事故による損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故

日時 平成五年一一月六日午前一〇時二〇分ころ

場所 東京都目黒区八雲二丁目一六番一四号

被害者 原告

被害車 原動機付自転車(目黒区こ一〇六三)

加害車 被告の運転する普通乗用自動車(品川五三み一二八九)

態様 原告が被害車を運転して直進中、その進行方向左側の私道から進行してきた加害車が被害車の左側面に衝突した。

2  責任

被告には民法七〇九条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

3  本件事故による原告の傷害

左膝部挫創、両足部・左股関節部挫傷、左肩部・左肘挫傷、右肩部打撲傷、頸椎捻挫、左膝外側半月板損傷

4  治療状況

(一) 入院

長谷川病院(東京都世田谷区深沢五丁目一三番一〇号所在)に平成五年一一月六日から同年一二月二五日まで(五〇日間)

(二) 通院

長谷川病院に平成五年一二月二六日から同六年一〇月一二日まで(実日数一〇六日)

5  填補

自賠責保険から二二四万円、全国労働者共済生活共同組合連合会の共済保険から治療費等として三九四万四六七〇円(うち二七九万四六七〇円は治療費)の合計六一八万四六七〇円が、原告に支払われている。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告

原告にも制限速度違反、そうでなくとも徐行義務違反の過失と、安全確認違反の重大な過失があり、過失相殺割合は三〇パーセントを下回らない。

(二) 原告

本件事故は、被告の一方的過失によつて発生したものであり、原告に過失はない。

2  損害(原告の請求は別紙損害金計算書のとおり。)

第三争点に対する判断

一  争点1

1  証拠(甲二、乙一の1ないし10、原告、被告)によると、本件交通事故現場は、駒沢公園方面から目黒通り方面に至る一方通行の道路に私道が交わるT字路の交差点(本件交差点)であること、一方通行の道路は非舗装の砂利道で凸凹があること、本件交差点は見通しの悪い交差点であること、私道の進行方向左側には進路右側の一方通行の道路の状況を確認できるカーブミラーが設置されていること、原告は一方通行の道路を駒沢公園方面から目黒通り方面に向けて時速約二五キロメートルで進行し、T字路の存在を知つていたため、その手前で時速約二〇キロメートルに減速したこと、被告はT字路を左折しようとして、その手前で一時停止したこと、その場所からは右カーブミラーによつて右側四一メートルまで見通せること、被告はカーブミラーを確認して、オートマチツク車である加害車のブレーキから足を離し、アクセルを踏まずに時速五キロメートル以下で一・一メートル進行したところ、加害車の前部右側フエンダー部分に、被害車の前輪が接触したこと、再発進から衝突までは二、三秒であつたこと、原告は衝突して初めて加害車の存在に気付いたことの各事実が認められる。

2  なお、被告は一時停止した際に、被害車が見えなかつたと供述するが、被告がいわゆるオートマチツク車のクリープ現象で進行していたことを考慮すると再発進から衝突まで約二秒、秒速〇・五五メートルで進行したと仮定するのが合理的であるところ、カーブミラーによる確認可能範囲である四一メートル内に被害車が存在していないとすると、被害車は四一メートルを二秒間で進行したことになるが、これを時速に換算すると被害車は時速七三・八キロメートルで進行したことになり、極めて不自然といわざるを得ず、被害車がカーブミラーによる確認可能範囲である四一メートル内にいなかつたと推認することはできないものである。そうすると、被告はカーブミラーを見たものの、その十分な確認を怠つて、被害車の存在を見落としたものと認めるのが相当である。

そして、被害車が衝突直前に時速約二〇キロメートルであつたことを覆すに足る証拠はない。

3  以上によると、本件事故は被告が見通しの悪い本件交差点に進入するに際して、右方の確認を怠つたために起こつたものであるが、他方、加害車が本件交差点に進入し衝突するまでに約二秒あり、時速約二〇キロメートル(秒速五・五六メートル)で進行していた原告としても約一〇メートル手前で加害車を発見できたものと認められ、仮にそうではないとしても、カーブミラーによつて加害車の存在を確認できるはずである上に、本件交差点が見通しの悪い交差点であることを考えると、ここを通過するには徐行する必要があるところ、本件においては時速約二〇キロメートルを徐行と認めることはできず、原告にも過失のあることは否定できず、その損害から一〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

二  争点2

1  治療費

二七九万四六七〇円であることに争いはない。

2  入院付添費

前記争いのない事実に、証拠(甲五、六、一一、原告)を総合すると、原告が、本件事故により負つた傷害は左膝部挫創、両足部・左股関節部挫傷、左肩部・左肘挫傷、右肩部打撲傷、頸椎捻挫、左膝外側半月板損傷であること、左膝関節痛のために入院中は歩行が困難であつたこと、トイレに行く場合は看護婦の手を借りていたこと、下着の着替えは母親に手伝つてもらつていたこと、医師は付添看護を必要としていないことが認められ、右事実によると原告が近親者の付添いを必要とする程度の重篤な症状であつたとはいえず、入院付添費を損害と認めることはできない。

3  入院雑費

一日一三〇〇円が相当であり、これに入院日数五〇日を乗ずると六万五〇〇〇円となる。

4  通院交通費

証拠(甲六ないし一〇、一三、一四、二一、二五、二六の1ないし115、原告)によると、平成六年四月まで歩行には松葉杖を必要としたこと、左膝部の膝蓋靱帯周辺の知覚鈍麻と運動痛が残り、長時間の立位や歩行により疼痛が著しくなり、そのため同年八月二四日から左膝部サポーターを装着したこと、階段の昇り降りが困難であつたこと、バスの乗降ができなかつたこと、症状は同年一〇月一二日に固定したとされたことが認められ、症状固定までは通院にはタクシーの利用も止むを得なかつたと認められる。そして、右証拠によると平成六年一〇月一二日までの通院日数は一〇六日で、片道のタクシー代は少なくとも六〇〇円を下回らないから、その額は一二万七二〇〇円となる。

なお、原告は通院以外の所用に要したタクシー代も請求するが、これを本件事故と因果関係があると認めるに足る証拠はない。

600×2×106=127,200

5  休業損害

証拠(甲三〇ないし三二、三七―いずれも原告本人により成立を認める、原告)によると、原告は本件事故当時、大学受験のため予備校に通いながら、佐藤進の営む健寿司(東京都目黒区緑ヶ丘二―六―一五)でアルバイトをしていたこと、生活パターンは、朝七時に起床し、二時間程度勉強し、洗濯や掃除などの家事を手伝つて、予備校に通学し、午後三時に帰宅した後に、午後五時ころアルバイトに行き午前〇時に帰宅して、午前二時か三時ころまで勉強するというものであつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、平成五年八月から一〇月まで九二日間の収入は四八万五〇〇〇円で一日当たりの収入は五二七一円となり、本件事故から症状固定日まで三四一日間の休業損害は一七九万七四一一円となる。

485,000÷92×341=1,797,411

なお、原告は家事労働に従事していたから、平成五年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者、二〇ないし二四歳の平均年収を基礎とすべきであると主張するが、原告のしていた家事は家族の一員としてなすべき当然の仕事であり、これを休業損害の算定に当たり考慮すべきものとは認められない。

6  逸失利益

前記争いのない事実に、証拠(甲一一、一四、二二の1ないし4、三七、原告)を総合すると、原告は昭和四八年八月一七日生まれの健康な女性であること、原告が、本件事故により負つた傷害は左膝部挫創、両足部・左股関節部挫傷、左肩部・左肘挫傷、右肩部打撲傷、頸椎捻挫、左膝外側半月板損傷であること、自覚症状としては頸筋痛、鈍重感残存し、左膝に屈曲制限があり、長時間歩行などの際に疼痛が出現すること、左膝部に約一二センチメートルのケロイド様瘢痕が残つていること、左膝半月板損傷があること、左膝部下方知覚鈍麻過敏が残存し屈曲伸展時の機能障害を残し、左膝部サポーターの装着を要すること、膝関節の屈曲は、他動が右一六〇度、左一二〇度、自動が右一六〇度、左一二五度であり、左(患側)の運動可動域は右(健側)の四分の三以下に制限されていること、長谷川病院の青木孝文医師は、原告の障害の見通しなどについて「頸部痛は慢性化し、緩解するとしても長期を要す見込み。左膝は軽運動も制限され、疼痛による屈曲制限もあり、ほぼ症状固定で、同年齢の日常生活レベルからすれば著しい障害を残していると考えられる。」としていること、症状固定は平成六年一〇月一二日であることの各事実が認められ、右事実によると、原告の労働能力喪失率は一四パーセントと認めるのが相当である。もつとも青木医師は著しい障害と評価しているが、それは同年齢の日常生活レベルと比較してであり、就労可能年齢である六七歳までを通じての労働能力喪失率の認定にあたつては、原告と同年齢の日常生活レベルという限定のもとで評価するのは妥当でない。

そうすると、原告は症状固定時二一歳で、六七歳まで四六年間就労可能で、その間平成五年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、女子労働者、全年齢平均の年収三一五万五三〇〇円を得るものとし、労働能力喪失率を一四パーセントとして、逸失利益の症状固定時の現価を算定すると七八九万八三四六円となる。

3,155,300×14%×17.88=7,898,346

7  慰謝料(傷害、後遺症)

本件事故の態様、入通院の期間、原告が本件事故のために大学受験の準備も十分できず、希望する大学の受験に失敗したこと、後遺症の部位、程度、原告の年齢、本件訴訟の経過など本件記録に顕れた事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰謝するには五〇〇万円が相当である。

8  過失相殺

前記認定のとおり一〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

9  填補

自賠責保険から二二四万円、全国労働者共済生活共同組合連合会の共済保険から治療費等として三九四万四六七〇円(うち二七九万四六七〇円は治療費)の合計六一八万四六七〇円が、原告に支払われていることは、争いがない。

10  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起、遂行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理経緯及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は、原告に九七万円を認めるのが相当である。

11  合計

以上によると原告の損害は一〇六九万九六九四円となる。

三  まとめ

よつて、原告の請求は、被告に対し、一〇六九万九六九四円及びこれに対する本件事故日である平成五年一一月六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却する。

(裁判官 竹内純一)

事件番号7ワ6130

当事者 清松志乃扶VS小林伸次

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